現代社会はメンタルヘルスの時代と言われるように、精神疾患と医療の接点は実に多様であり、さまざま展開されている。しかし精神科医療の特性として、患者本人の状態が重篤かつ自己表現がしにくい時期に治療がスタートし、そこに入院が含まれることは紛れもない事実である。だからこそ、この時期の本人への意思の確認は注意深くあらねばならない。にもかかわらず、精神科医療の入口である診察・入院、その後の治療プロセス、さらに出口となる退院においても、精神障害のある本人不在のままケアや支援が進んでしまうことがある。そうした現実に対し、本稿では異議申し立ての制度的不十分さと、監視システムの脆弱性がその原因をつくりだしていることを明らかにした。 従来、精神科医療は精神疾患の特性や病識の欠如といった医学的判断のもと、法制度上、非自発的な入院や行動制限、拘束等々が認められている。その背景にあるのは、精神障害者に対し、医療の強制的介入は保護のためにやむを得ないというパターナリズムの考えが、現在も優先されていることである。しかし2022 年の国連障害者権利条約の総括所見では、社会的包容形態からの排除を助長する日本の法規制および慣行にいたる障害の医学モデルが永続していることを指摘し、改善を求めている。そうした指摘を受け止め、これまで積み上げられてきた日本の課題を紐解き、克服すべき点の整理が必要であるとの立場から、本稿では「精神病の体験」の社会的理解の醸成を論点にあげた。それは、病の体験において、精神疾患の症状のつらさだけではなく、治療や回復過程において、患者であるがゆえに時に暴力の問題に晒されることや、心的外傷となることも報告されているからである。これらは精神科病院側の構造上の問題だけではなく、近代社会の要請として精神科病院がつくられ、可視化されにくい内側に患者が追いやられてきた経過としての問題でもある。であるからこそ、本人が治療・回復のプロセスに参画できるようになるには、本人自らが権利を行使できるしくみが担保されていることが欠かせない。