本研究は、事業の現場で起こっている関係性について、社会学的検討、サービスドミナントロジックのようなミクロな関係性の視点に立ってそれを考察しようとするものである。生協のイノベーションのカギは組合員と生協職員の関係性にある。大規模化する生協において、組合員の顧客化が進行し、民間企業と顧客との間の関係と同質化しつつあることも事実である。また、組合員が強い個人として主体的能動的に関与するというのはきわめて少数のことに過ぎない。このいずれでもなく、多数の組合員が生協職員とどのような機能的情緒的関係をもつのだろうか。逆に生協職員が組合員に対して、単なる顧客ではなく、人間としての関わりをどのように持つだろうか。ここに注目して、生協事業のイノベーション、可能性、社会的意義を明らかにしようとする。
本研究では、以下の具体的な事例を研究する。宅配事業で組合員の声を配達担当者が働きかけて聞き出し、組合員の利用状況等をみて感想や不満を聴くなどの個別対応をすすめる事例。店舗スタッフが組合員の顔と名前を覚えて声をかけたり、逆にスタッフが自己開示していく事例。福祉サービスで事業所の決めたスケジュールやイベントで拘束するのではなく、利用者自身が企画し活動をすすめるという利用者を尊重した運営が行われている事例。組合員同士の助け合いから、地域に開かれた、細かい日常の支援を展開する事例。組合員が家族や知人を招いて自由テーマの話し合いの場を開催する事例。宅配事業、店舗事業、共済、福祉サービスなどの複数の事業間で、組合員を軸とした統合的な対応をすすめる事例。これらの具体的事例を分析して、そこにどのような自己の役割認識、相手に対する理解、それによって生まれる価値共創について現象学的に解釈する。
これらの事例の解釈により、組合員の声を聴くことを中心にすえた事業運営、自己開示による人間性の回復、組合員間の語り合いの場、個の組合員を支援する複数事業の統合という独自の事業イノベーションが、日本の生協において展開されていることを示す。
このことは、人、組織、地域のウェルビーイングにいかに貢献できるケアの生協をつくっていくかが未来の課題であることを示している。