本論文は、「国民性」という概念が近代中日思想史においてどのように進化し、魯迅の思想形成に寄与したかを探求する。アメリカ人宣教師アーサー・ヘンダーソン・スミス(Arthur Henderson Smith)の『Chinese Characteristics』(日訳版『支那人気質』)を切り口とし、魯迅の「国民性」言説に及ぼす影響を分析する。論文は「国民性」概念が明治日本から中国に伝わった経緯をたどり、魯迅がその現代的担い手としての役割を果たしたことを強調する。「棄医従文」の動機や許寿裳の回想を組み合わせ、その思想の起源を明らかにする。特に、許寿裳の回想録(例:『我所認識的魯迅』)が死後編集により改変された点を指摘し、北岡正子による研究が「国民性改造」に関連するテキストの誤りを訂正したことを示す。さらに、魯迅が渋江保の日訳版を通じて「從僕」「包依」の視点を利用し、「奴性」「西崽相」を批判し、『阿金』などの作品に反映させたことを探求する。最終的に、魯迅の「国民性」論は本質的に「人」の魂の問題であり、「立人」を「立国」の前提と位置づけ、梁啓超の「国家主義」新民説と対比する。
キーワード: 国民性、魯迅、許寿裳、『支那人気質』、スミス、国民性改造、立人、中日思想史、テキスト分析。