材源調査を通じて、『文化偏至論』のテキスト構成と成立過程を検討し、同篇の解釈にテキストレベルの史実的参照を提供する。本調査により、『文化偏至論』の主要材源は次のように判明した。桑木厳翼『ニーチェ倫理説一斑』(1902年8月15日)が「徳人尼佉」の材源であり、煙山専太郎「無政府主義論(続)」(1902年2月20日)および「無政府主義」(1902年4月28日)が「徳大斯契納爾」の材源、斎藤信策『芸術と人生』(1907年6月24日)が「易卜生」の一部材源、金子筑水『近代思潮の趨勢』(1906年10月1日)の第二・第三・第六章が「非物質」「重個人」の論題枠組みおよび「神思宗」「神思新宗」に関する主要素材の出所である。
『文化偏至論』は、「越境」の地にあった二十八歳の周樹人が「自悟を以て人を悟らせる」——すなわち読書と伝播の習作であり、明治文脈における「個人主義」を自創の文体に熔铸した産物である。本篇の成立は、中国に世界思潮と同期した「個人主義」テキストが生まれたことを示すだけでなく、周樹人が自己の人格形成において大きく前進したことをも意味する。
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